尾野真千子「真幸くあらば」 - ドラマな人々@遊Blog

尾野真千子「真幸くあらば」

こんにちは。
遊(ゆう)です。
いつもご訪問いただきありがとうございます。

尾野真千子主演、映画「真幸くあらば」を
観ました。

ちょっと残念です。
かなり残念です。

おそらく、監督の力量不足が原因なのでは…。

監督をした御徒町 凧って人…
私は知りませんでしたけど、詩人、バンド活動、作詞
など映像とはあまり関係ない世界で活動されてきた方。

その影響が、もろ出てしまった映画のような気がしました。



おおざっぱに言ってしまうと、
映像の構成が素人っぽいんです。

全て、雰囲気で創ってしまっている印象です。

だから

尾野真千子さんの熱演が、プロの俳優としての演技の
技量が、映画の中で最大限に活かされていないように
思うのです。

尾野真千子さんは、与えられた制作現場の環境で
エネルギー全てを注ぎ、渾身の演技をされたろう
ことは、彼女の1シーン、1シーンから伝わってきます。

でも、その1シーン、1シーンが、映画の文脈で紡がれて
いかないんです。

他の俳優たちとの関係においてもそう。

つながっていかない。
バラバラ。

説明的にしたくないのはわかります。
わかりやすい映画づくりを避けたというのも理解できます。

でも、それは映画のつくりかたの基礎が出来た人が
はじめて出来るプロの仕事なんですよね。

申し訳ないけど、御徒町 凧さんの作品からは、
大学の映画研究会のような、あるいは日芸の学生の
卒業制作のような素人の匂いがしてきます。

かろうじて、周りのスタッフがプロだから、俳優陣が
プロだから、それなりにプロの作品に見えているだけ。

のように思えます。

殺人者、南木野 淳(久保田将至)の殺害に至るまでの
シーンをハンディで揺れる映像で演出していることや
色彩を抜いて映像処理していることなどは、ある意味
よくある常套的な手法だと思います。

けど、その一連のシーンに挿入される情事のカットなど
は、あまりにイメージ的。サブリミナルとまでは言いません
が、性や肉欲が以後の淳と川原薫(尾野真千子)の関係の
大切なカギになっていくわけなのだから、そのあたりは
もっと汗臭く描いて欲しかった。

せめて、セックスシーンは色彩を抜かずに、ノーマルに
近い色調で描いたほうが、肉欲に対するコンプレックス
を感じさせたのでは・・・。

ま、そんなのは、些細なことかもしれませんけどね。

盗みに入った淳と不倫、情事後の薫の婚約者が室内で
鉢合わせとなって、包丁で刺すシーンもリアルでない。
リアルに感じられない。

血で塗られた男女の死体の映像も、血の赤を強調したい
がために肌の色の色彩を抜いていて、映像美優先の
ような絵作りにはリアルはなく、そこには「殺害現場」を
美しく描いた美大生のような感性しか感じられない。

淳は、殺害後、童貞であるコンプレックスから死体姦に
至るんですよ。

淳の目の前にあるのは、まさしく、性欲をかきたてる
肉体がなければならないんです。
生々しい肉体、生々しい血液がなければ、死体姦の
リアルはないのでは・・・。

薫の心理描写も、シーンごとに印象深くつくっているの
ですが、それが事件前、事件後、事件後の結婚、犯人
との面会、淳への共感、淳への愛情、淳への愛欲という
一人の人間の心理の流れが、説得力をもってこちらに
伝わってこない。

薫の相手、淳役の久保田将至さんの技量の影響もあるの
かもしれません。

彼のもつ雰囲気はすごくいいんですけど、
事件前の淳と収監された後の淳の脈絡がわかりづらい。
そもそも、淳なる人物像がわかりにくい。

童貞であることにコンプレックスを抱き続けていて
女性の肉体に対するあこがれが強いということや
意外に素直な性格で、絵がうまいということくらい
しか伝わらない。

彼の育ちなど環境から来る根幹となる人間性がよく
わからない。

だから、脚本にも原因があるんでしょうね、きっと。

でも、この映画は奥山和由作品だから、きっと脚本に
ついては、かなり奥山さんが介入したんでしょうね。

せめてシナリオの書ける監督だったら、もう少し
違った作品になったのでは・・・。

そして、公開前から話題となった尾野真千子さんの
濡れ場。

淳と薫が月満ちる夜、互いを想いながら自慰に没頭
し、爆ぜる。

このシーンの間中、音楽監督の森山直太朗の歌が
鳴り響いている・・・。

なんでここまで情緒的に描かねばならなかったの?
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本来、もっと肉欲に正直になろうとしている話の
はずなのに、映画では肉欲をキレイに美化して
情緒的に描いてしまうという矛盾した表現になって
いるとしか思えない。

クリスチャンの薫と肉欲。

なんか、そのあたりをもっと掘り下げてくれないと
この映画はあまりに表層的な印象しか残らないんです
よ。

爆ぜた後の淳がね、
鉄格子の月影の中、十字架のイエスキリスト像として描かれて
いるのも、どこか表層的な印象です。

死刑の前に、すでに殉教したということ?

福音書をつうじた秘密の文通と自慰による交わり、そして
殉教の徒となる淳。

薫は聖母マリア。
淳はキリスト?
もしくはキリストによって、その罪を許されたということ?

いずれにしても、この映画の原作にはきっと宗教的な深い
テーマが内包されているはずで、そのあたりが映画では
ほとんど伝わってこなかったのが残念。


そして、身体を張った尾野真千子さんの価値が、その
演技ほどに評価されないだろう結果になってしまったのが
とても無念。
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犯罪者への共感という点で似た映画に小池栄子さん主演の
「接吻」(監督:万田邦敏)がありますが、こちらのほうは
小池さんの演技もあいまって、かなり説得力のある映画に
なっています。(毎日映画コンクール女優主演賞受賞 )


(小池栄子、豊川悦司、仲村トオル)

最近の尾野真千子さんでいうなら、
NHK広島放送局制作の「火の魚」での演技が秀逸です。

それでは。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。

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2010-09-27 08:43 | Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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