亀梨和也、杏、鈴木福「妖怪人間ベム」第8話 - ドラマな人々@遊Blog

亀梨和也、杏、鈴木福「妖怪人間ベム」第8話

こんにちは。
遊(ゆう)です。
いつもご訪問いただきありがとうございます。

亀梨和也、杏、鈴木福
「妖怪人間ベム」第8話
善良刑事の復讐…! もう一人の妖怪の罠


を観ました。
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このドラマが大人でも楽しめる…いいえ、
大人だからこそ楽しめる理由は、妖怪人間という
異端の主人公たちの人間としての再生物語を軸にして
いながらも、そのテーマは実は

「人間とは何か?」

という哲学的命題をを追求しているからだと思うんです。

毎回、ベムたち妖怪人間が遭遇する人間たちは、
夏目たち一部の人間を除いて、なんらかの理由で
犯罪行為に走る人物ばかり。

彼らの犯罪の歯止めとなり、彼らに反省を促すことで
自ら理想の人間として再生したいと願うベムたちですが、
回を重ねるごとに痛感するのは、人間は罪を犯す生き物で
あるということ。

見方を変えれば、このドラマのテーマは
理想の人間像を追い求める過程において、
業(ごう)から逃れることの出来ない人間の性(さが)を
浮き彫りにし、この世に生きつづける人間を決して
美化することなく、性善説よりむしろ性悪説を説いてでも
いるかのような物語であることに、ある意味共感を覚える
のです。

個人の欲望や憎しみが悪業を生む。
それは性善説を体現したような夏目でさえも
愛する肉親が犯罪の犠牲になったことを知ることで
犯人に対する殺意という形で業に囚われてしまいます。

その行為を止める妖怪人間のベムたち…。

人間のもつ「悪」の存在を認めながら、
人間が人間である根拠として「善」としての存在であるべき
という願望を妖怪人間に託している…

そんな物語なんですよね、「妖怪人間ベム」という物語は。

人間は人間である以上、悪業から逃れることは出来ず、
むしろ悪業を認めてこそ、はじめて人間として生きることに
なると言わんばかりの内容なんですよね。
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その象徴として印象に残るのが

悪に手を染めた人間、しかも、一度は改心しようとした
にもかかわらず、謎の男の手によって再度自らの業に従い
悪に走ろうとした人間たちが流した涙によって、ベムたちの
肉体が人間に変わるというシーン。

悪業が流させる涙にこそ人間の本質が隠されている…

そんなメッセージを感じます。

さて

これまでベムたちを生んだ博士だとばかり思っていた
謎の男がベムたちの前に姿を現し、自分もベムたち同様
妖怪人間だと伝えます。

それは真実なのか?
また、ベムたちの目の前に姿を現した理由は何か?

新たな疑問が浮かぶのと同時に、謎の男の正体への
興味は尽きません。

ベムたちが人間になれるかどうかよりも
このドラマが突きつける人間の正体に対する
答えの結末のほうに大きな関心をもって視聴していく
ことになりそうです。


それでは。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。

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2011-12-11 21:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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