亀梨和也、杏、鈴木福「妖怪人間ベム」第10話 - ドラマな人々@遊Blog

亀梨和也、杏、鈴木福「妖怪人間ベム」第10話

こんにちは。
遊(ゆう)です。
いつもご訪問いただきありがとうございます。

亀梨和也、杏、鈴木福
「妖怪人間ベム」第10話
さよならベム・ベラベロ…
人間になれるのか!? 最後の大決闘!!


を観ました。
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前クールの連続ドラマに
それでも、生きてゆく」というドラマがありました。

soredemoikiteyuku1.jpg

あれは一つの犯罪に関わる家族たちの苦悩をとおして
それでも人間は生きてゆかなければならない、という
人間の存在のあり方を満島ひかりという才能により、
現実にはありえないだろう加害者家族と被害者家族が
絆を深っていく過程に現実味を帯びさせ、彼女が選択
した贖罪という生き方を是とし、人間が生き続ける
心の尊厳のようなものを提示してくれました。


あのドラマの後半の1シーンに
たしか、瑛太さん演じる被害者家族が
自分たちの苦悩をよそに
朝がくると日々、太陽が昇る、という自然の摂理に
心を奪われるシーンがあったように思います。

soredemo.jpg

自分たちの苦悩とは関係なく
かならず朝が来て、太陽は昇る…
そして、朝は美しく、
生きるエネルギーを感じさせる。

ああ、自分たちの苦悩はいったい何なのだろう?
夜は必ず明け、太陽は昇り、朝を迎える。
だから
死ぬ選択ではなく、
生きる選択をする。
そうせざるをえない。

朝日にはそんな力があるのかもしれません。

berabero.jpg

「妖怪人間ベム」の最終回でも
ベロが言います。

『今日もきれい。
 おいらたちがこんなに悩んでいても
 おてんとさまは昇るんだね…。』

そう。
人間になるために謎の男の「悪」を取り入れるか…
それとも人間に芽生える「悪」を憎み、
「悪」を正すために妖怪人間として生き続けるか…

ベムたちの悩みをよそに
太陽は昇り、美しい景色を映し出す。

どんなに悩んだところで
この地球に生を授かった以上、
自分たちが求める生き方を選択するしかない。

どんな生き方を選ぶか…
なりたい自分になろうとしなければ生きている
ことにならない。

いや、生きていることが辛くなるのでしょう。
なりたい自分を見失うと、心は弱り、弱た心から
悪が顔をもたげてくる。

自分の居場所はどこにあるのか…
その答えをおぼろげでも苦悩の闇夜に見出すことが
できたなら、かならず夜は明け、朝日は昇り、
自分の居場所をしっかりと照らし出してくれるに
ちがいない。

そこでは、「善」が「悪」に勝つ。

bera2.jpg

しかし
人間は弱い。
闇夜の中に長くいると、不安になり、夜明けを待てずに
「悪」に走ってしまう。

ベムたちが悩んだすえに導き出した答え。
ベムたちの選択。

それは、謎の男の「悪」を取り込んで、人間になること
ではなく、妖怪人間として生き続け、人間に芽生える悪を
正していくこと…

道に迷った人間を、正しい方向に導く道標として生きる選択。

ベムが言います。

bemu2.jpg

生きていくのが苦しくなることがあるだろう
そんなとき 
苦しみに抗い
必死に生きていこうとできるのが人間だ
投げ出さないでくれないか
人間であることを

いい台詞です。
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朝日の太陽の美しさと同じように
ベムたちは夜の月の美しさも称えています。

夜の月…
それはもしかすると自分の居場所を見つけられずにいる
苦悩の世界の中なのかもしれない…
だけど、なりたい自分を探し求め、苦悩することだって
決して醜いことではない。

美しいのだ。

悩むことは美しい。
人間だから悩み、なりたい自分を探し、居場所を
つくろうとする。

夜の月を否定すれば、朝日も否定することになる。
夜があるからこそ朝日は美しい。
朝日が眩しいからこそ夜の闇には価値があり、
そこに光を放つ月も美しい。

どちらが醜く、どちらかが美しいのではない。
どちらも必要なのだ。

人間の心の中にある「善」と「悪」。
しかし、弱った心に芽生える「悪」は、正して
あげなければならない。

人間が好きだからこそ、人間の心に生まれる「悪」の
芽を積む。
それが妖怪人間としての生き方。

今さら言うまでもなく、
「妖怪人間ベム」は「人間」を描いたドラマ。

そして、このドラマの原作は、今から40年以上前に
書かれたものであることに、改めて感心させられます。

パソコン、携帯、スマホ、モバゲー…

40年の間で私たちの生活をとりまくテクノロジーの
急速な発展とともに、私たちのコミュニケーション手段
をはじめ、人と人との関わりは変化すつづけています。

しかし

人間は変わっていない。
「妖怪人間ベム」を観ていて思うのは、
人間の心は、人間の心の根源は、なんら変わるものでは
ないということ。

人間の尊厳はどこにあるのか…
そこに光を当てたのが、「妖怪人間ベム」という
ドラマなのでしょう。

傷ついた日本…。

そして

停滞する時代。
夢が見づらい時代。
未来を確信しづらい時代。

そこには弱い心が芽生えやすい。
いくらテクノロジーが進み、
いくら便利な世の中になろうとも
人間の心の中には「悪」を培養する
弱さがある。

そうした感覚は、私にもあります。

だからこそ、この「妖怪人間ベム」に感動し、
素直な気持ちにさせてもらえたのだと思います。

柄本明さん演じる謎の男の言い分にも説得力があります。

人間になりたい
名前が欲しい
自分という存在を味わいたい

悪は醜いですか?
それが人間なのに…


人間の心に潜在する「悪」の根を否定するのではなく
それを認めたうえで「善」に導く。

これほど深い物語が、子供向けの物語として40年前に
アニメとして放映されたことにも驚くと同時に、なによりも、
21世紀になってドラマとして復活して、なお色あせない物語で
あることに、原作をつくった制作者たちに敬意を表さずには
いられません。

そして、

ドラマとして復活させた日本テレビのスタッフたちにも
感謝せずにはいられません。

このドラマに関わった全てのスタッフ、関係者の皆さん、
本当に素晴らしい作品をどうもありがとうございました。


それでは。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。

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2011-12-25 17:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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