夏菜、風間俊介、武田鉄矢、森下愛子、「純と愛」第19週を観て - ドラマな人々@遊Blog

夏菜、風間俊介、武田鉄矢、森下愛子、「純と愛」第19週を観て

こんにちは。
遊(ゆう)です。
いつもご訪問いただきありがとうございます。

夏菜、風間俊介、武田鉄矢、森下愛子、
「純と愛」第19週
おもいよとどけ


を観ました。


善行が死んでしまいました。
晴海と恋人同士だったころのメロに戻って…。

メロは海に落ちた晴海を助けに、
カナヅチである自分のことを忘れ、
ただ、晴海の命を救おうと海に飛び込み、
晴海を助け、自分は帰らぬ人となってしまいました。

病院のベッドで、最期に家族一人ひとりに思いを伝え、
皆に看取られ、永遠の眠りについた善行。

悲しみに暮れるか家族。
夫の死を知らない母、晴海にどうやって伝えたらよいものか…。
しかし、家族の心配とは裏腹に、真実を知った母の態度は
醒めていました。

どうしよう…泣けない…。
正直、ホッとした。

そう言われ、返す言葉を失う家族たち。
お腹がすいたから、父さんの好きなだし巻き卵を
作って欲しいと次男の剛が言い、その場を繕う。

久しぶりの家族の団欒。
ちょっぴり塩っぱい卵焼きを食べながら、
皆で美味しいと笑顔と涙でひとつにまとまりました。

善行が死に、失って初めてその存在の大きさに気づかされる、
という意図もあったでしょう。

しかし、うがった見方をすれば、善行の死によって
ようやく家族に安寧の生活が戻り、バラバラだった
家族が一つにまとまることができたわけです。

善行の死が、悲しみ以上に、どれだけ狩野家にとって
幸福をもたらすことか…
そう考えると、とても複雑ですよね。

不在によって、はじめて評価される父親。
仏となって、はじめて愛される存在になる父親。
そんなふうに善行の人生を顧みると、男とは?
父親とは?とその存在意義を問いたくなりますよね。

遊川和彦さんが、このドラマの脚本を書くにあたり、
これまでの朝ドラの予定調和的な伝統を壊したい、
新しい朝ドラをつくりたい、という狙いがあったと聞きます。

それは、ドラマの随所に見受けられ、人の本性を見抜く
キャラに代表されるように、現実的ではない、不思議な
登場人物たちや強引な物語の展開などを見ても、その狙いは
理解できます。

しかし、もっと言えば、このドラマで特筆すべき点は、
既成概念の解体にこそ、「純と愛」の企画意図があるという
ことを見過ごすわけにはいきません。

男性と女性のあり方、が一番のこだわりでしょうね。
純と愛が、男性と女性の一般的な役割を逆転させ、
古い日本的父性を否定的に描き、長男の存在を優柔不断、
次男を風まかせな甘えん坊に描くことで、男尊女卑とは
180度異なる価値観を示そうとしていることは明らかですよね。

長男である正が、俺は長男ではない。これからは、純が長男だ、と
言ったことが象徴的。
生前の善行と愛の会話でもそう。
生まれ変わったら女性がいい、と愛に言わせています。

男はこうあるべき。
女はこうあるべき。

そうした既成概念を解体し、それにこだわらない
存在意義を新しく創りだす。
それが未来を明るく照らし出す生き方になる…
そんな遊川和彦さんのメッセージを感じ取ることが
できます。

社民党の福島瑞穂さんが喜びそうなメッセージですよね。

ただし、

それがドラマとして面白いか、どうか…。
それは全く別問題です。

それでは。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。

2013-02-10 22:06 | Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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