内野聖陽、佐藤健、野村宏伸、吹石一恵「とんび」第7話を観ました。 - ドラマな人々@遊Blog

内野聖陽、佐藤健、野村宏伸、吹石一恵「とんび」第7話を観ました。

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遊(ゆう)です。
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内野聖陽、佐藤健、野村宏伸、吹石一恵
「とんび」第7話
父と子の巣立ち


を観ました。

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父親と息子って面倒くさいです。

はっきり言って、旭はいい子すぎる。
とんびが鷹を、と言いますが、
ほんと、出来のいい子ですよ、旭は。
面倒な親子関係を若いのに大人の対応で
乗り切ろうとしている。
エラいです。

父と子二人で生活してくると、こんなにも父親思いに
なれるのか、と我が身を省みるばかり。

私は20代、旭のように大人になれませんでした。
そもそも、20代の頃まで、私の心の中には親父という存在じたい
希薄なものでしたから。

プラント建設会社に勤めるサラリーマン。
人づきあいが不器用な人で、父の人生に友人といえる存在が
いたのかどうかすら判然とせず。仕事上の人間関係、会社の
人間との酒のつきあいはあったものの、大概は酒に呑まれて
酩酊状態で足腰たたない状態での帰宅が多かった。

小学生の頃の記憶…。

家を新築した折、会社の部下を二人、正月に呼びまして、
最初の年には30分ほど滞在したものの、二年目には1分ほどの
挨拶で二人ともそそくさと帰ってしまったのを何故かよく憶えて
います。そして、三年目からは、誰ひとり、父の知り合いが
わが家を訪れることはありませんでした。

超がつく真面目な人間でありながら、酒癖がものすごく悪い。
政治思想面で、頑固でありながら、全くの内弁慶で、対外的
には、全く自分の意見を言うことはありませんでした。

子供のころの親子の会話といえば、

どうです?調子は?

別に…どうって聞かれても。普通です。

こんな調子でした。
で、酒が入るとヨダレを垂らし、鼻水を垂らしながら、
ケラケラと笑い出し、そうかと思えば、天皇の戦争責任を
問うとばかりに口角泡飛ばし、テーブルを叩いて興奮する、
面倒な変人ぶりを発揮したものです。

安男と一緒で、野球をやったことがなく、キャッチボール
ができず、小学生の投げる球を受ける寸前、声を上げて
逃げてしまったのを見て、二度とキャッチボールに誘うの
をやめ、父親がゴルフを始めたので、練習につきあうと
スイングの練習などしたことのない私が真っ直ぐの弾道を
描くようになると、突然怒り出し、いいかげんにしてくれ、と
クラブを奪い返そうとする。

とにかく、小学生から中学あたりまで、父親といえば、
シラフでは糞真面目、酒が入ると人間崩壊、それ以外は
書斎にこもっているか、目の下に隈をつくり、あばらを骨折
するほどゴルフに明け暮れた結果、プロでもないのにノイローゼ
気味になってしまう、とにかく、付き合いづらい変人という
印象しかありませんでしたね。

だから、外で父親と顔をあわせても、互いに視線をそらし、
声をかけずに、通り過ぎるというのがパタンでした。
変な親子です。

正直、嫌でしたね。
そういう父親が。
子供心に思い描く理想の父親は、どちらかといえば、
安男のようなわかりやすい頑固親父でしたし。
父親がどういう人間なのか、よくわからない、というのが
一番嫌でした。
友人の影が全く感じられない父親が嫌でした。
男を感じられない親父が嫌で嫌でたまりませんでした。

そんな親父が、定年を迎え、仕事を辞めることになった時。
私に言ったのは、こんな言葉でした。

今まで自分は我慢をしてきた。
言いたいことを言わずに生きてきた。
だから、これからは言いたいことを言うから覚悟しなさい。
頑固になるから。

いったい、この人は、この男は、人生の大半を言いたいことを
我慢して生きてきた、というのか…。
会社内でのことなら、まだわかる。
しかし、彼が言っているのは家族に対してです。
いや、私に対してなのです。

これには、かなり愕然としたのを憶えています。

じゃあ、何を我慢せずに言うのか…。

それまで口にしてこなかった私に向けられた言葉は、

お前は私が死ねばいいと思っているに違いない。
お前は私より毛が薄い。
タバコをやめた私の前でタバコを吸うとは、私を殺す気か!
家の中では音をたてるな。
家の中では背筋をのばせ。
私の前で上半身裸になるな。
体力で私を脅そうとするな。
腕まくりをするな。
お前は外では目上の人間にヘコヘコして生きている
にちがいない。
お前は外では言いたいことが言えないに違いない。
お前は私がボケればいいと思ってるに違いない。

嗚呼、そんなことが言いたかったのか?親父さん。
嗚呼、そんなことも言えなかったのか?親父さん。

そんな糞のような言葉を父親然として言われたときの
私は、なんとも力の入らぬ、どうでもいいといいますか、
相当、自分の父親に対して落胆させられました。



普通ではありませんもの。
しかも、息子は私を嫌っている、死ねばいいと思っていると
正月に親戚が集まった席で言ってまわるものですから、なおさら
です。

言われ続けていると、本当に、死ねばいいい、と思いたくも
なりましたよ。

そんな父が、歩行困難となり、ろれつが回らなくなり、
排泄がうまくできなくなり、私が実家にもどり、一緒に
生活をするようになり、転倒すれば起こしてやり、
流血すれば手当をし、排泄物で家の中を汚せば清掃をし、
オムツを替えてやるという、介護生活をすることになる
わけです。

そして、私は自分の時間を奪われたような、自由を奪われ
たような、鉛色の生活を送るようになったのにもかかわらず、
何故か、父親が愛おしく感じられるようになってくるのです。

言いたいことも言えず、思うようにならない体に腹を
たて、私に排泄物の処理をさせるしか手段がなくなった
父親を目の前にしていると、何故か、以前より父親の
気持ちが伝わってくるように感じるのです。
何故か、父親が人間らしく感じられるようになってきたのです。

不思議です。

父親からすれば、息子が自分の排泄物の清掃をし、
オムツを毎日替えるようなことはできないと思っていた
のでしょう。
私も自分の父親の下の世話などすることなぞ想像もしません
でしたし、出来ると思っていませんでした。

しかし、汚物で汚れた体を風呂場で洗い流し、毎日オムツを替え
ている私がいました。
下の世話をされることに、最初こそ抵抗感のあった父親も
そのうち進んで介護されることに前向きになり、私も抵抗なく
日常の業務のように当たり前のこととしてオムツを替える
ようになりました。

そして、親父は私に優しくなり、
私も親父に素直に接し、以前より多く言葉をかけられるように
なりました。
そんな生活が二年ほどつづきました。

今、親父は老人ホームにいます。
もう、好きとか嫌いとか、認める認めないとか、どうでも
良くなってしまいました。

あの父親が、私の親父であり、それが全てなのですから。

あ、すみません。
ドラマと関係なかったですね。
「とんび」を観ていると、やはり、ドラマを離れて
自分の父親のことを考えてしまうんです。
以後、気をつけます。

それでは。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。

2013-03-01 21:17 | Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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